膜厚測定,分光測定,分光エリプソメトリー,スペクトル解析のテクノ・シナジー

分光光度計の測定データを使った膜厚,屈折率測定

スペクトル解析ソフトウエアSCOUTを使えば,市販の分光光度計で測定した薄膜サンプルの透過率,反射率,吸収,ATRなどのスペクトルから膜厚測定,屈折率測定を行うことができます. ここでは,Ta2O5膜を例に,ダブルビーム分光光度計で測定した透過率スペクトルと反射率スペクトルの同時フィッティング解析による膜厚,屈折率測定の概要を説明いたします [1].

[1] 田所利康:「分光計測の基礎」, 光応用技術シンポジウム Senspec2017(2017年6月8日), パシフィコ横浜 ハーバーラウンジB.

Ta2O5膜:透過率/反射率スペクトルの同時解析

Ta2O5は,SiO2,TiO2と並び誘電体多層膜に多用される膜材料です. ここでは,BK7基板上のTa2O5膜を例に,透過率スペクトルおよび反射率スペクトルに対する同時フィッティング解析から,膜厚および光学定数を決定するプロセスについて解説します.

測定サンプルは,イオンビームアシスト法(IAD: ion-beam assisted deposition)で成膜されたTa2O5膜(設計膜厚:790 nm)です.

図1に,Ta2O5膜サンプルの層構造と測定光学配置を示します.

膜厚測定 Ta2O5-1 図1 Ta2O5膜サンプルの層構造と測定偏光光学配置

最初に,BK7基板のみで測定された透過率および反射率スペクトルに対して光学モデルフィッティングを行い,BK7の誘電関数を決定しました. 次に,Ta2O5膜サンプルのスペクトル測定をして,予め求めておいたBK7の誘電関数を使ってフィッティング解析を行いました.

図2に,分光光度計を使用し測定されたTa2O5膜サンプルの透過率スペクトルおよび反射率スペクトルを示します.

膜厚測定 Ta2O5-2 図2 Ta2O5膜サンプルの透過率スペクトルおよび反射率スペクトル

測定には市販のダブルビーム分光光度計を使用し,透過率スペクトル,反射率スペクトルともにV-N法で測定しました. 測定波長範囲は 200 ~ 850 nm,波長分解能は 2 nm,入射角は透過測定/反射測定とも5°です.

本測定のように,情報量の増加・測定精度の向上を目的として,透過率および反射率スペクトルを合わせて解析することは一般によく行われます. その際注意すべきことは,矛盾する複数の測定スペクトルを同時解析したのでは,むしろ収束を悪化させてしまうということです. 特に,反射率測定は測定誤差が入りやすいため,透過率スペクトルと反射率スペクトルを合わせて解析する場合には,同一測定場所・同一測定条件となるよう心がけ,基板および膜が透明な波長領域で,透過率スペクトルと反射率スペクトルの和が1になっていることを確認するといいでしょう.

解析には,図1に示す単純な単層膜モデルを使用し,BK7基板の厚さが 1 mmと厚いため,基板裏面からの反射光は非干渉光(インコヒーレント光)として扱いました. Ta2O5膜の膜厚初期値は,設計値の 790 nmを採用しました. BK7基板とTa2O5の誘電関数には,内部バンド間の電子遷移による共鳴吸収をOJLモデル [2] と調和振動子モデルの重ね合わせで近似した誘電関数モデルを用いました.

[2] S. K. O'Leary, S. R. Johnson, P. K. Lim: J. Appl. Phys., 82 (1997) pp.3334-3340.


同一スリット幅でスペクトル測定をする分光光度計では,短波長側ほど相対的な波長純度が低下します. 例えば,波長分解能 2 nm の場合,波長 800 nm では波長純度0.25%ですが,波長 200 nm では1%の波長純度しか得られません. そのため,短波長ほど干渉性が低下して,干渉フリンジの山と谷はなまる傾向があります. 本解析では,分光光度計の測定波長分解能を考慮したスペクトルシミュレーションを行って,短波長領域のフィッティング性能を改善しています.

図3に,透過率および反射率スペクトルに対する同時フィッティング解析の結果を示します.

膜厚測定 Ta2O5-3 図3 透過率スペクトル/反射率スペクトルに対する同時フィッティング解析結果

図3で分かるように,透過率スペクトル,反射率スペクトルともに,測定波長全域に渡ってよく一致しています. 解析によって求められた膜厚値は 784.6 nm であり, ほぼ設計通りの厚さに成膜されていることが分かります.

図4に,解析によって得られたTa2O5膜の光学定数スペクトルを示します.

膜厚測定 Ta2O5-4 図4 Ta2O5膜の光学定数スペクトル

図4に示した Ta2O5 の屈折率 n は, 別途測定した分光エリプソメトリーの解析結果と非常に良く一致していますが, Jellison らの文献値 [3] と比べるとかなり高めの値となっています. その原因は, 本測定の Ta2O5膜サンプルが,Jellison らが測定した Ta2O5 膜とは別の成膜装置,別の成膜条件で作られた「別の Ta2O5 膜」だからであると考えてよいでしょう. 近年, イオンビームアシスト堆積法 ( IAD: ion-beam assisted deposition ) やイオンビームスパッタリング堆積法 ( IBSD: ion beam sputtering deposition ) などのイオンプロセスを用いた成膜方式が一般的になり, 緻密で屈折率が高い安定した膜付けが可能になったため, 過去に出版された文献の光学定数値とは異なっている可能性があります.

このように, 文献値と実験値が食い違うことは珍しくなく, 光学設計や薄膜解析を行う際には, 文献の光学定数を鵜呑みにすることなく, 実際の成膜条件で作製された膜の光学定数を測定して設計 / 解析に用いるべきでしょう.

[3] G. E. Jellison, Jr: "Optical functions of GaAs,GaP, Ge determined by two channel polarization ellipsometry", Opticals Materials, 1 (1992) pp.151-160.


スペクトルフィッティング解析の詳細については,スペクトル解析ソフトウエア SCOUTの技術資料をご覧ください.

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