膜厚測定,分光測定,分光エリプソメトリー,スペクトル解析のテクノ・シナジー

水の透過率スペクトル測定

光ファイバー入力のCCD分光器は,自由なレイアウトの光学系を簡単に構築できることが特長の一つです. ここでは,透過測定用に配置された広帯域光ファイバーコリメーターペアを使った,アクリル水槽内の水の透過率スペクトル測定について解説します.

なぜ水は青く見えるのか.

大海原に代表されるように,大量の水は私たちの眼に青く見えます. その主な原因は水の吸収によるものですが,私たちが目にする水の青は,一般的には複数の光学現象(水の吸収,水面の反射,浮遊微粒子の散乱や乱反射)が合わさって作り出されていて,水に対してどのように入ってどのように出てきた光を見ているのかによって異なった青色になります.

水が青く見える主たる原因は,水の光吸収に波長分布があるからです. 図1は,文献値 [1] を元にプロットした可視領域における水の消衰係数κスペクトルです(吸収係数αは消衰係数κに比例します).

[1] E.D. Palik (editor): "Handbook of Optical Constants of Solids", Academic Press, New York (1985) p. 1069.

water1図1 可視領域における水の消衰係数

図1のように,可視領域における水の消衰係数は非常に小さな値ですが,青い光の領域のκ値に比べて,赤い光の領域のκ 値は一桁以上大きくなっています. つまり,水は赤い光をより多く吸収するのです.

光が水中を長い距離透過すると,赤い光がより多く吸収される結果,透過光は青くなっていきます. 図2に光が水中を一定距離透過した場合の透過率スペクトルを示します. 図2は図1に示した消衰係数から透過光の減衰を計算した結果で,空気-水界面の反射は含まれていません. 図2の通り,水の中を透過する光路長が長くなるに従い,赤い光が吸収され青い光が生き残って透過光が青くなります. 例えば,内面が白く塗られたプールの水が薄青く見えるのは,赤い光がより強く吸収され,生き残った青色の透過光が白い面に反射されて私たちの眼に届くからです.

water2図2 可視領域における水1mの透過率スペクトル

大海原が青く見えるのも水の吸収によるものです.

water3図3 大海原は水の吸収によって青く見える

しかし,単に透過光の赤い光がより多く吸収されるだけだと青色をした透過光が私たちの眼に届くことはありません. 透過光は進むにつてさらに吸収されながら海底に向かって進み,深い海の底に到達する前に青も吸収されてしまいます. 光が海に入射した後,水の吸収によって青くなった透過光が水中を進み,水中に浮遊する微粒子(チリや微生物など)の散乱・乱反射によって青い光が拡散され,海上にいる私たちの眼にも青い光が届くようになります. この散乱・乱反射によって青い光が私たちの眼に届く現象は,主に海面から数十メートルまでの浅い層で起こります. それ以上深い層で青い光の散乱・乱反射が起こっても,吸収によって減衰してしまい,私たちの眼に届く光量はごくわずかです. こうした水の吸収と散乱・乱反射による光の拡散は氷河の中でも起こります.氷河が「グレシャーブルー」と呼ばれる神秘的な青に見えるのは,そのためです.

水面が青く見える二つ目の原因は,水面の反射で青空が映り込むことです. 図4にその例を挙げます.水面は,明らかに青い空を映し込んでいることが分かります.

water4図4 青空の反射は水が青く見える理由の一つ

映り込みの強さを水の屈折率および消衰係数の分散から考えてみましょう. 図5は,水の屈折率分散の文献値 [1] をプロットしたものです. 水の屈折率は緩やかに値が変化する正常分散をしています.

water5図5 可視領域における水の屈折率 [1]

図6は,図5の屈折率と図1の消衰係数から計算した波長400nm(青)と700nm(赤)における水面反射率の入射角(反射角)依存性で,s偏光,p偏光に分けてプロットしています.

water6図6 水面反射率の入射角(反射角)依存性

水の屈折率分散の変化は緩やかなので,図6の通り,どの入射角でも青い光(波長:400nm)と赤い光(波長:700nm)で反射率の差はほとんどありません. つまり,水面反射によって反射光の色が変化することはありません.
図6で注目すべきもう一つの点は,入射角(反射角)が70°を超えて大きくなると,s偏光,p偏光ともに急激に反射率が高くなることです. つまり,入射角・反射角が大きい水平線近くに見える遠くの水面は相当高い反射率になり,ほぼ100%空が映り込みます(ウユニ塩湖に写る景色を思い出してください). ただし,これは水面が鏡面の場合ですので,実際は波による水面の乱れで反射光の割合が減少し,水中からの光が混入して見た目の色が決まります.

アクリル水槽内の水の透過率スペクトル測定

図7に,水の透過率スペクトルを測定するための光ファイバー入力のCCD分光器を使用した装置構成を示します. ハロゲン光源の白色光をコア径:φ50µmの光ファイバーの先端に取り付けた広帯域光ファイバーコリメーター BBFC-02SMA(2023年5月,後継機種:BBFC-03SMAに移行)でコリメート光にします. アクリル水槽(水の光路長:378mm)を透過した後,BBFC-02SMAを使い再び光ファイバー(コア径:φ400µm)に導入してCCD分光器に導入しました. 本実験では,分光器にQEProHCを用いました.

water7図7 水の透過率スペクトル測定の装置構成

図8は,実際の実験風景です. 透過率算出のためのリファレンス測定は,ラボジャッキを使ってアクリル水槽を測定ビームから外してエアブランクで行いました. サンプル測定時には,水槽のアクリル板法線が光軸と一致しないように少し角度を付けて,378mm長の水槽を往復する反射光成分が検出器に入らないようにしました.

water8図8 水の透過率スペクトル測定の装置構成

このような光路長の長い分光測定では,性能の良いコリメーターレンズと正確な光軸調整が必要とされます. 本実験で使用した広帯域光ファイバーコリメーター BBFC-03SMAは,CCD分光用に開発された波長:350 ~ 1100 nmをカバーする2群3枚構成の収差補正型のコリメーターレンズです. 図9にBBFC-03SMAの外観を示します.

water9図9 広帯域光ファイバーコリメーター BBFC-03SMAの外観
» 膜厚測定関連部品:広帯域光ファイバーコリメーター BBFC-03SMA 詳細を見る

図10に測定された水の透過率スペクトルを示します. 測定結果には,水槽アクリル板2枚分の影響が含まれているので,見かけの透過率と表記しています. アクリルは透明なので,水のスペクトル形状にはほとんど影響を与えません. 透過率全体が低いのは,空気-アクリル界面2面分のフレネル損が測定結果に含まれているためです.

water10 図10 アクリル水槽(光路長:378mm)内の水のアクリル表面反射を含んだ見かけの透過率スペクトル

図11に,図10に対応する見かけの透過率スペクトルシミュレーションを示します.

water11 図11 図10に対応する見かけの透過率スペクトルシミュレーション

図11のシミュレーションは,スペクトル解析ソフトウエアSCOUTを使い,次の複数ステップで計算しました.

  1. 空気-アクリル板(2mm厚)-水における多重反射を含めた透過率スペクトル計算
  2. 文献値 [1] からランバート・ベールの法則 (Lambert–Beer_law)を使い光路長378mmの水自体の透過率スペクトル計算
  3. 水-アクリル板(2mm厚)-空気における多重反射を含めた透過率スペクトル計算
  4. 1. ~ 3.で得られた透過率を入射側から順に掛け合わせ,最終的な見かけの透過率スペクトルを計算

アクリルの光学定数は,以前,分光エリプソメトリーで測定した値を用いました.
図10と図11は,長波長側ではほぼ一致してますが,短波長側が若干違いがあります. 実験当初,水槽に入れたばかりの水を測定したことで,水中に浮遊するマイクロバブルがレイリー散乱を起こし,短波長側の透過率が低下している可能性を疑いました. しかし,30時間にわたる経時的なスペクトル変化を測定をしても,マイクロバブルが水に溶け込むことによる透過率の上昇は見られませんでした. むしろ,時間経過と共に透過率が下がる傾向が見られました. これは,水中の溶存大気が透過率を下げることが疑われます. また,実験では純水ではなく水道水を使用したことが不味かったかも知れません. 現在のところ,短波長側の透過率の違いがどこから来ているのかに付いては解明できていません.


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