膜厚測定,分光測定,分光エリプソメトリー,スペクトル解析のテクノ・シナジー

変形菌子実体の構造色解析

生体膜のように膜厚が不均一で,表面が平坦ではない薄膜サンプルの膜厚計測では,ミクロ領域で測定できる顕微分光が非常に有効です. ここでは,独自のライフサイクルを持つ変形菌に注目し,その子実体表皮膜の膜厚,屈折率を顕微分光システムを用いて測定した例を紹介します [1], [2].

[1] 田所利康,高野 丈:「シロイトルリホコリ子実体の構造色解析」, 第19回構造色シンポジウム(2018年12月15日)東京理科大学 野田キャンパス 講義棟K401教室.
[2]田所 利康, 高野 丈:「顕微分光法を用いた変形菌子実体の構造色解析」, 第66回応用物理学学会春季学術講演会 (2019) 東京工業大学 大岡山キャンパス, 11p-PA7-29.

菌子実体表面膜の膜厚屈折率計測

変形菌は,移動しながら微生物などを節食する動物的な性質と,胞子の発芽によって繁殖する植物的な性質を併せ持ちます. 変形菌の胞子嚢である子実体には,数多くの色と形のバリエーションがあり,図1に示すように構造色と考えられる鮮やかな色彩を持つものがあります [3] .

[3] 高野丈:『美しい変形菌』,パイ インターナショナル(2018).

変形菌01 図1 構造色と考えられる変形菌子実体の発色例 [3]

本研究では,シロイトルリホコリ(Lamproderma splendens)の子実体に注目し,顕微分光法を用いて構造色の測定解析を行いました. 顕微分光法により子実体表面の微小領域数点で反射率スペクトル測定を実施し,そのスペクトル解析から子実体表皮の膜厚および光学定数を求めました.

測定には,顕微分光システム DF-1037を用いました.図2に,測定に使用した顕微分光光学系を示します.

変形菌02 図2 顕微分光光学系

図3にシロイトルリホコリの子実体天頂部における測定領域の顕微画像を示します. 表皮膜の光学定数が同一と見なせる狭い領域内において,発色が異なる ① ~ ④ の測定位置を選び,約φ20µmの測定スポットで反射率スペクトルを測定しました.

変形菌03 図3 シロイトルリホコリの子実体天頂部における反射率測定領域

図4に測定位置 ① ~ ④ において測定された反射率スペクトルを示します.

変形菌04 図4 測定反射率スペクトル

図4から分かるように,測定位置によって膜厚の異なる干渉スペクトルが得られています.

スペクトルフィッティング解析を行うためには,子実体表皮膜の反射状態を忠実に再現する光学モデルを作成する必要があります. そのために子実体の構造が分かる表皮が破れた個体を観察しました. 表皮膜や内部の胞子のようすが分かる表皮が破れた子実体の顕微画像を図5に示します.

変形菌05 図5 表皮が破れた子実体

写真から表皮膜はデコボコしたほぼ透明な薄膜であることが確認でき,子実体内部は黒い胞子で満たされていることが分かります.
こうした観察から,子実体表皮膜の層構造を図6のように仮定してモデル化しました.

変形菌06 図6 子実体表皮の層構造モデル

子実体表皮膜は,ガウス分布の膜厚バラツキがある薄膜と仮定し,誘電関数は深紫外の電子分極をLorentz振動子,バンドギャップ付近の吸収をOJL振動子 [4] でモデルしました. また,子実体内部は黒い胞子で満たされているため表皮膜を透過した光は戻ってこず,表皮膜を自己保持膜としました. 仮定した層構造は上から,

     空気アンビエント/表面ラフネス層(有効媒質近似)/表皮層(ガウス分布)/空気アンビエント

とし,表面ラフネス層の有効媒質近似にはBruggemanモデル [5] を用いました. また,図3の顕微画像から分かるように,子実体表面の凹凸が大きいことから,表面反射の一部しか分光器に到達しないと考え,反射率フルスケールもフィッティング変数に加えて反射率を任意単位としてフィッティングを行いました.

[4] S. K. O'Leary, S. R. Johnson, P. K. Lim: J. Appl. Phys., 82 (1997) pp.3334-3340.
[5] D.A.G. Bruggeman: "Berechnung verschiedener physikalischer Konstanten von heterogenen Substanzen", Ann. Phys. (Leipzig), 24 (1835) pp.636-679.

得られた4つの測定反射率スペクトルに対するスペクトルフィッティング解析の結果を図6に示します. 全ての測定位置における子実体表皮膜の誘電関数(光学定数:屈折率,消衰係数)は同一とし誘電関数もフィッティング変数に加えて,① ~ ④全ての反射率スペクトルの同時フィッティング解析を行っています. ① ~ ④それぞれの色で示したスペクトルが測定反射率スペクトル,細い黒線で表しているのがシミュレーションスペクトルです.

変形菌07 図6 測定反射率スペクトルの同時フィッティング解析結果

① ~ ④全てのスペクトルで良好な収束結果が得られています. ① ~ ④のスペクトル形状の違いは,各測定位置における膜厚と膜厚バラツキ(ガウス分布の1/e 全幅)の違いで説明可能です.

図7に,図6の解析により得られたシロイトルリホコリの子実体表皮膜の光学定数スペクトルを示します. 屈折率は波長:633nmで約1.59の値を取る正常分散で,消衰係数は短波長側で若干値を持っていることが分かりました.

変形菌07 図7 子実体表皮の光学定数スペクトル

本測定解析例のように,表面に凹凸構造があり,膜厚バラツキがある薄膜サンプルでは,微小領域での測定が有効である場合が多く,顕微分光システムが力を発揮します. また,凹凸構造や膜厚バラツキなど現実のサンプル構造をどのように光学的な層構造モデル化するかが信頼性の高い解析をする鍵になります.

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