膜厚測定,分光測定,分光エリプソメトリー,スペクトル解析のテクノ・シナジー

陶器表面の構造色解析

陶芸作品における色彩は,釉薬や焼成などの条件が複雑で多岐に渡るために科学的な解明が進んでおらず,陶芸家の経験と勘に委ねられています. 本研究では,「光彩」と名付けられた構造色を放つ陶器を対象に,顕微分光法とSEM 法を用いて,その発色メカニズムについて調べました [1], [2].

[1] 金理有,山本貴博,中嶋宇史,本間芳和,田所利康:「陶磁器表面の釉薬によって生成される構造色の発現メカニズムの解明」, 第20回構造色シンポジウム(2019年12月21日)東京理科大学 神楽坂キャンパス 6号館623教室.
[2] 田所利康,山本貴博,中嶋宇史,本間芳和,金理有:「陶器表面に生成される構造色の発色メカニズムの解明」, 第67回応用物理学学会春季学術講演会 (2020) 上智大学 四谷キャンパス, 14p-B409-2.

陶器表面層の膜厚測定

金 理有 氏の陶芸作品の中には,「光彩」をはじめ,構造色と思われる鮮やかな色彩を持つものが数多くあります. 私たち研究グループは,陶芸における発色のメカニズムを科学的に解明することによって,アートの世界を科学の力でサポートできるのではないかという観点から共同研究を開始しました.
今回,測定解析対象に選んだ「光彩」の陶芸作品例を,図 1 に示します.

図1 陶芸家 金 理有 氏の作品「光彩」 図1 陶芸家 金 理有 氏の作品「光彩」

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図2 に陶芸作品「光彩」の製作工程を示します. 陶器の制作では,釉薬の選択とその焼成条件に加えて,上絵絵具の成分とその焼き付け焼成条件が構造色発色の鍵になります. しかし,その発色メカニズムについては未だよく分かっていません.

図2 「光彩」の製作工程 図2 「光彩」の製作工程

構造色のスペクトル測定には顕微分光システム DF-1037 ,断面層構造の観察には走査型電子顕微鏡(SEM)を使いました. 図 3 に,測定に使用した顕微分光光学系を示します.

図3 顕微分光光学系 図3 顕微分光光学系

図4にスペクトル測定に使用した「光彩」の測定サンプル片を示します. 顕微分光で測定する時には,粘土でサンプル片を固定しました.

図4 「光彩」の測定サンプル片 図4 「光彩」の測定サンプル片

図4の「光彩」と図5に示す光学膜厚の増加に伴う干渉色変化を見比べてください. 色の並び順が似ている場所があり,「光彩」の発色が薄膜干渉である可能性が示唆されます.

図5 光学膜厚の増加に伴う干渉色変化 図5 光学膜厚の増加に伴う干渉色変化

図6にサンプル片上の反射率スペクトル測定領域の顕微画像を示します. 焼成温度などの焼成環境に違いがなく形成された薄膜の光学定数が同一と見なせる狭い領域内で測定位置を選びました. 図6 の領域内で,発色が異なり平坦かつ均一性が高い測定位置 A ~ E を探し,約φ20µmの測定スポットで反射率スペクトルを測定しました.

図6 顕微分光測定領域 図6 顕微分光測定領域

図7に測定位置 A ~ E において測定された反射率スペクトルを示します.

変形菌04 図7 測定反射率スペクトル

図7から分かるように,測定位置による膜厚の違いを反映していると思われる干渉スペクトルが得られています.

図8に「光彩」サンプル表面付近の断面SEM像を示します. 顕微分光と断面SEM観察は,どちらも「光彩」のサンプル片ですが,同一箇所ではありません.

図8 「光彩」サンプル表面付近の断面SEM観察 図8 「光彩」サンプル表面付近の断面SEM観察

断面SEM像から,数百 µm厚の釉薬層の最表面に帯電状態の異なる極薄膜層の存在が確認できます.

図7 で得られた測定スペクトルを同時フィッティング解析することで,各測定位置における最表層の膜厚を求めました.
本解析は,次のように光学モデルを構築しました.

  1. 最表層は場所によって膜厚バラツキがある薄膜とし,その膜厚バラツキがガウス分布していると仮定しました.
  2. 誘電関数は深紫外の電子分極を Lorentz 振動子,バンドギャップ付近の吸収を OJL 振動子 [3] でモデルしました.
  3. 層構造は次のように仮定しました.
    空気アンビエント/表面ラフネス層(有効媒質近似)/最表面層(ガウス分布)/透明釉薬層
  4. 表面ラフネス層の有効媒質近似にはBruggemanモデル [4] を用いました.
  5. 釉薬層,表面層それぞれの誘電関数は全測定点で同一とし,誘電関数モデルの振動子変数もフィッティングに加えました.

[3] S. K. O'Leary, S. R. Johnson, P. K. Lim: J. Appl. Phys., 82 (1997) pp.3334-3340.
[4] D.A.G. Bruggeman: "Berechnung verschiedener physikalischer Konstanten von heterogenen Substanzen", Ann. Phys. (Leipzig), 24 (1835) pp.636-679.

図7 の 5 つの測定反射率スペクトルに対するスペクトルフィッティング解析の結果を図9 に示します. 図7 と同色で示されたスペクトルが測定反射率スペクトル,細い黒線で表しているのがシミュレーションスペクトルです.

図9 反射率スペクトルの同時フィッティング解析結果7 図9 反射率スペクトルの同時フィッティング解析結果

A ~ E 全てのスペクトルで良好な収束結果が得られています. A ~ E のスペクトル形状の違いは,各測定位置における膜厚と膜厚バラツキ(ガウス分布の1/e 全幅)の違いだけで説明できています.

各測定点における収束膜厚値(膜厚バラツキ)は,それぞれ, A: 107.3nm ( 1.6nm ), B: 123.3 nm ( 11.9nm ) , C: 154.8nm ( 21.0nm ) , D: 163.0nm ( 18.2nm ) , E: 193.9 nm ( 29.3nm ) でした. 得られた膜厚は,図7 の右に行くほど厚くなっており,図6 の測定領域の色と図5 の膜厚に対する干渉色の比較から予想される膜厚順に並んでいることが分かります.

本測定解析例のように,表面に凹凸構造があり,膜厚バラツキがある薄膜サンプルでは,微小領域での測定が有効である場合が多く,顕微分光システムが力を発揮します. また,凹凸構造や膜厚バラツキなど現実のサンプル構造をどのように光学的な層構造モデル化するかが信頼性の高い解析をする鍵になります.

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