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誘電関数って何だ? : 2. 光の足し合わせを視覚的に理解する

誘電関数って何だ?

2. 「光の足し合わせ」を視覚的に理解する

本講座第2回は,光の振る舞いを考察する上で基本となる波動の数学的取り扱いについて確認していきましょう.

2.1 重ね合わせの原理

ここでは,光を波動として取り扱うための基本事項を確認しましょう.
波の振動に対して媒質が線形に応答する場合,「重ね合わせの原理」が成り立ちます. 「重ね合わせの原理」とは,ある場所,ある時刻に複数の波 (これを成分波と呼ぶことにしましょう) が重ね合わさった場合,合成波の振幅は各成分波の振幅を代数的に全て足し合わせることで求まるというものです. 例えば,図4 のように,海面に浮かぶビーチボールに向かって独立に進む 2 つの波が,ちょうどビーチボールの位置で出会う様子を想像してみましょう.

図4 重ね合わせの原理
図4 重ね合わせの原理

P 点で 2 つの波が交差する時,個々の波が足し合わされて合成波を形成し, P 点を過ぎると, 2 つの波は何事もなかったかのように離れ去っていきます. ある時刻の P 点における合成波の振幅は,その時刻における 2 つの成分波の振幅が代数的に足し合わされたものです.
波の重ね合わせ原理は,光の波動としての振る舞いを議論する上で前提となる概念で,実際に日常目にするほとんど全ての光学現象で成り立ちます.

2.2 波動を式で表現する

ここで,波動の数学的な表現 (複素指数関数) とそれに対応する視覚的な表現 (位相子) について整理していきましょう. x 軸正方向に進む正弦波状の波動を考えます. このような波動は,一般的に (6) 式のように表現できます.

(6)式

ただし, A は振幅, ω は角周波数, k は波数 ( kx をラジアン単位にするための係数) , δ は初期位相です. 教科書によっては,波動を (7) 式のように表す場合があります.

(7)式

(6) 式と (7) 式は,相対的な位相差 π を除けば, x 軸正方向に進む同じ波動であり,どちらの表現もよく使用されます. しかし,後述する複素屈折率などの定義が異なってくるため,明確に区別して使用する必要があります. 例えば, (6) 式で記述した右回り円偏光は, (7) 式では左回り円偏光になり,初期位相 δ に対する波動の初期位置は両者でその進退が逆になります. こうした違いは,波動を観測する相対位置の違いに対応しています. すなわち,同じ波動現象を, (6) 式では検出器側から, (7) 式では光源側から観測していると考えてください. 光学分野では (6) 式,物理分野では (7) 式を好む傾向があります. 本講座では,光学屋の立場から (6) 式を使って波動を表すことにします.

波動の解析では,調和波を三角関数表現のまま計算を進めていくと,三角関数の諸公式を多用した込み入った計算を強いられることになります. これを避けるために,通常は,複素数を使って波動解析を行っていきます. ここでは,複素数を用いた波動の表現についてまとめておくことにします.
複素数 z は, (8) 式のように,実部: Re ( z ) = x と虚部: Im ( z ) = y の和で表されます [注] .

(8)式 【注】 複素数 z を (8) 式のように z チルダで表したいのですが, html の制限から,本講座では単に "z " で表すことにします.これは,式中のz チルダと同一であることに注意してください.

なお, xy は実数です. (8) 式の複素数 z を複素平面の直交座標で図示したのが,図5(a) です.

図5 波動の複素平面表示
図5 波動の複素平面表示

複素平面では,実数軸 (Re) を横軸,虚数軸 (Im) を縦軸にとって,実数成分 x および虚数成分 y の指し示す座標として複素数 x + iy を表します.
一方,図5(b) は,複素数 z を複素平面の極座標表示したものです. 極座標表示では,原点からの距離 r と実数軸 (Re) からの反時計回りの回転角 φ で表現されます. 回転角 φ は位相と呼ばれます. (6) 式の波動のように角周波数 ω で位相が変化する関数の場合, φ = ωt で時間の経過と共に反時計回りに回転します. 図5(a) と図5(b) の比較から, (9) 式が得られます.

(9)式

複素数 z は,極座標を使って (10) 式のように表せます.

(10)式

ここで, (11) 式に示すオイラーの公式 (Euler's formula) を使います.

(11)式

(10) 式と (11) 式から,複素数 z は指数関数を使って (12) 式で表すことができます.

(12)式

ただし, r は複素数 z の大きさ, φ は複素数 z の位相です.
波動は微分方程式で記述されるので,解析では微積分が多用されます. 三角関数で波動を表した場合には,微積分の度に sin φ ⇔ cos φ が入れ替わりますが,指数関数表示では何回微積分しても形が変わらないので計算上都合がいいというわけです.

複素数の四則演算は次の通り簡単です.

複素数の四則演算

加減算は実部,虚部ごとにまとめて計算すればよく,乗除算は指数関数で簡単に行うことができます.
複素数 z の大きさ r は,複素数の絶対値と呼ばれ, | z | と表記されます. 絶対値 | z | が同じで, i が -i で置き換えられた数を共役複素数と呼び, z* と表します.

(13)式

z* は,位相の符号が z と逆なので,角周波数 ω で位相が変化する波動では,時間経過と共に時計回りに回ります. zz* は,図6のように,実数軸に対して上下対称な位置関係にあります.

図6 複素共役な2つの数の複素平面上での位置関係
図6 複素共役な2つの数の複素平面上での位置関係

複素数 z の絶対値 | z | は,複素共役関係にある zz * を使って,次のように与えられます.

(14)式

2.3 位相子は回る

ここで, exp ( i φ ) の特徴を確認しておきましょう. exp ( i φ ) とその共役複素数 exp ( -i φ ) から, exp ( i φ ) の絶対値は, (10) 式のように φ とは無関係に常に 1 になります.

(15)式

例えば, φ = π /2 のとき,exp ( iφ ) の値は,次のように計算できます.

(16)式

同様に, φ = 0 , π /2 , π , 3 π /2 , 2π のときの exp ( i φ ) の値を計算すると,それぞれ, exp ( i 0 ) = 1 , exp ( i π /2 ) = i , exp ( i π ) = -1 , exp ( i 3 π /2 ) = -i , exp (i 2 π ) = 1 になります. つまり, exp ( i φ ) は,複素座標中心から半径 1 の円上の点の集まりであり,位相 φ の値でその位置が変わります. 角周波数 ω で位相が変化する場合には,図7のように,半径 1 の円上を反時計回りに周期 T = 2 π / ω で回転します.

図7 φ の変化に伴う exp ( <em>i</em> ω t ) の動き
図7 φ の変化に伴う exp ( i ω t ) の動き

図7のように,複素数を複素平面上の矢印で表したものを位相子 (phasor) と呼びます. 位相子は,長さが振幅 A ,実数軸から反時計回りの回転角が位相 φ の矢印で, A ∠ φ と表記して A アーギュメント φ と読みます.
本講座では,以降,複素指数関数と位相子を使って波動を表します. 計算の結果得られる波動の複素表示のうち,波動として意味があるのはその実部なので,波動は (17) 式のように表記します.

(17)式

実際に計算を進める上では,「波動は複素数の実部である」という暗黙の了解のもとに,多くの場合 (18) 式のように表記されます.

(18)式

オイラーの公式 (11) 式から, (18) 式は (6) 式 A cos ( ωt - kx + δ ) に等しいことが分かります.
ちなみに,もう一つの波動表現 (7) 式は, (18) 式の複素共役から求められます. ただし,初期位相 δ の符号は逆になります. (6) 式, (7) 式,どちらの波動表現で計算しても,光強度を求める際には波動振幅の絶対値を二乗する (複素共役な2つの数を掛け合わせる) ため同じ結果が得られます.

2.4 波動の進行を位相子で考える

時間経過と共に x 軸正方向に進む調和波 ψ ( x,t ) = A exp [ i ( ω t - kx )] を座標 kx = 0 で観測した場合について,図8を使って考えてみましょう. 座標横軸は,kx [rad] で表記しています.

図8 波動の進行と対応する位相子の回転
図8 波動の進行と対応する位相子の回転

図8(a) 〜 (e) の各調和波は,各時刻に撮影したスナップショットとお考えください. kx = 0 の観測者にとって,波動の進行は,位相が ω t で反時計回りに回転する位相子によって等価的に表現することができます.
まず,図8(a) では, kx = 0 で位相 φ = 0 であり,位相子 A ∠ 0 は実数軸上右向きの長さ A の矢印になります. 図8(b) では,調和波は右に π /3 進み,その位相は π /3 です. 位相子 A ∠ π /3 は,A ∠ 0 から反時計回りに π /3 回転した長さ A の矢印になります. 位相子が π /3 反時計回りに回転することは,元の波動関数に複素数 exp ( i π /3) を掛けることに他なりません. つまり, exp ( - i kx ) exp ( i π /3) = exp [ i ( π /3 - kx )] であり,波動が x 軸正方向に π /3 進むことと等価です. 同様に,A ∠ π /2 ,A ∠ 2 π /3 ,A ∠ π は,図8(c) 〜 (e) のように,実数軸から反時計回りに,それぞれ, π /2 , 2 π /3 , π 回転した長さ A の矢印になります.
図8から分かるように,x 軸正方向に進む調和波は,反時計回りに回転する位相子に,簡単に置き換えることができます.

2.5 位相子の足し算

位相子は,波動の足し算を視覚的に理解する助けとなります. ここでは,図9 で位相子の足し算の手順を確認しましょう. 図9(a) の波動の足し合わせを図9(b) 位相子の加算に置き換えていきます.

図9 位相子を用いた波の加算
図9 位相子を用いた波の加算

位相子の足し算は,至ってシンプルです. ベクトルの加算と同じように,1つ目の矢印の終点に2つ目の矢印の始点をつなぎ合わせれます. 図9(a) の波動 ψ1 = A1 exp [ i ( φ1 - kx )] , ψ2 = A2 exp [ i ( φ2 - kx )] は,位相子では,それぞれ,A1 ∠ φ1A2 ∠ φ2 と表します. 合成波 ψ = ψ1 + ψ2 を表す位相子を A ∠ φ とすると,図9(b) のように, A1 ∠ φ1 の終点に A2 ∠ φ2 の始点を重ねて, A1 ∠ φ1 の始点から A2 ∠ φ2 の終点まで引いた矢印が A ∠ φ です.

図10 で位相子を用いた波動の加算例をいくつか見てみましょう. 図10(a) 〜 (c) いずれの場合も, ψ1 は振幅 A1 ,位相 0 つまり A1 ∠ 0 としています. また, ψ2 の振幅は A2 = 0.6A1 で固定しました. ψ2 の位相は,それぞれ, (a) 0 , (b) π , (c) 2 π /3 としてプロットしてあります.

図10 位相子を用いた波の加算例
図10 位相子を用いた波の加算例

図10(a) の場合, ψ1 , ψ2 共に位相が 0 で同位相です. 合成波の振幅 A は,明らかに2つの成分波の振幅を足し合わせた A = A1 + A2 = A1 + 0.6A1 = 1.6A1 になります. 図10(d) の位相子の加算を見てみると,実数軸に沿う平行な矢印の足し合わせになっています. このように,同位相の波は互いに強め合う干渉をします. 逆に,位相が π ずれた図10(b) では逆位相となり,波は互いに弱め合う干渉をします. 図10(e) から分かるように, π 回転した矢印は実数軸上で反平行になり,矢印の足し合わせで得られる最終矢印 ( A = A1 - 0.6A1 = 0.4A1 ) は短くなります. 図10(c) の場合は,図9で示した手順通りに加算します.
数多くの成分波が存在したとしても,成分波の数だけ上記の位相子の加算操作をすれば合成波の最終矢印を求めることができ,得られた最終矢印から,合成波の振幅 A と位相 φ を求めることができます.

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