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誘電関数って何だ? : 4. 媒質中で光が遅くなるとは限らない

誘電関数って何だ?

4. 媒質中で光が遅くなるとは限らない

質中の光の伝搬速度は,光の周波数によって大きく変化し,光速 c と較べて速くも遅くも成り得ます. それでは,何が媒質中の光の伝搬速度を決めているのでしょうか. また,どういう条件で光は速く,または遅く伝搬するのでしょうか. 本講座第4回の主題は,こうした媒質中を透過する光の伝搬に関する疑問を解くことです.

4.1 散乱2次波の位相を調べる

物質中に3次元的に並んだ原子の中のある原子面に,入射した光( 1 次波)が進行していくようすを想像しましょう. 図19 のように, z 軸方向に進む入射 1 次波と, 1 次波の波面と平行な原子面 xy を仮定します. 1 次波がこの原子面に入射すると, xy 面内にある無数の原子が同時に電気双極子放射を起こし,膨大な数の散乱2次波が発生します.

図19 原子面上の電気双極子からの散乱2次波
図19 原子面上の電気双極子からの散乱2次波

ここでは,原子面の各電気双極子から散乱される個々の散乱 2 次波を成分 2 次波と呼ぶことにして,前方に散乱される成分 2 次波についてだけ考えることにします. 原子面前方の P 点において形作られる 2 次波は,原子面から放射された全ての成分 2 次波を足し合わせることにより求められます [7, 8].

[7] 小林浩一:「光の物理 新装版」,東京大学出版会(2023).
[8] 藤原裕之:「分光エリプソメトリー 第2版」, 丸善 (2011)

xy 面内の半径 rm-1 の円と rm の円で囲まれる領域を Amz 軸近傍の半径 r1 の円領域を A1 とします. 領域 Am から放出された無数の成分 2 次波が P 点に到達して足し合わされ,領域 Am からの合成 2 次波が形成されます. P 点における領域 Am からの合成 2 次波の振幅 E (Am) を, P 点を x = 0 として,(21) 式のように表すことにしましょう.

(21)式

ただし, δ (Am) は領域 Am から P に到着する合成 2 次波の 1 次波に対する位相遅れです.
まず,それぞれの領域から P に到着する合成2次波の位相遅れから考えていきましょう. z 軸近傍の領域 A1 からの合成2次波 E (A1) は,1次波の伝搬距離 OP とほぼ同じ距離を進んで P に到達するため,1次波と同位相と見なすことができ, δ (A1) = 0 と表せます. ここで,時刻を t = 0 ,すなわち ω t = 0 に固定すると,合成2次波 E (A1) の位相子は図20 のように複素平面の実数軸上の矢印になります.

図20 原子面上の各領域からの合成2次波の足し合わせ
図20 原子面上の各領域からの合成2次波の足し合わせ

次に, A1 の一つ外側の領域 A2 からの合成 2 次波 E (A2) を考えましょう. 図19 から, E (A2) は, E (A1) の伝搬距離よりも明らかに若干長い距離を伝搬した後, P 点に到達します. つまり,外側の領域ほど長い距離を伝搬して P に到達するために位相が遅れます.
ここで, m - 1 番目の領域とその一つ外側の m 番目の領域から P 点に至る距離をそれぞれ lm-1lm としましょう. ただし, lm = lm-1 + Δl とします. 同一原子面にある原子からは同位相の成分 2 次波が放出されますが,外側の領域ほど P 点までの距離が長いため, P 点には遅れて到着します. 領域 Am-1 からの合成 2 次光が P 点に到達するのは lm-1 /c [s] 後,領域 Am からの合成2次光が到達するのは lm /c [s] 後です. 領域 Am-1 からの合成2次光と領域 Am からの合成2次光の位相差 δ を δ = δ (Am-1) - δ (Am) と置くと, δ は (22) 式で表せます.

(22)式

ここで,符号が負なのは,外側の領域ほど位相が遅れるからです. 領域 Am-1 と領域 Am から P 点までの光路差は,m の値に関わらず一定値 Δ l なので, Am が原子面のどの領域であっても, Am-1 から P 点に到着する合成 2 次波と Am から P 点に到着する合成 2 次波の位相差 δ は,常に (22) 式で与えられます. そのため, E (A1) , E (A2) , E (A3) , … と加算する領域が外に移動するごとに,各領域からの波動は δ ずつ累進的に遅延していくことになります. ここで,位相が進む場合の位相子は反時計回り,位相が遅れる場合の位相子は時計回りすることを思い出してください(「2.3 位相子は回る」参照). 原子面上の各領域からの合成 2 次波を E (A1) から順番に足し合わせていくと,図20 のように,実軸上の矢印に δ ずつ時計回りした矢印が次々につなぎ合わされていくことになります.
一方,合成2次波の振幅は,領域 Am から P 点までの距離 lm の逆数で減衰するため,lm が大きい外周部ほど E (Am) は弱くなります. また,電気双極子放射はドーナツ状の放射強度分布(図21(c) 参照)を持つので,2次波の光源となる電気双極子が原子面の x 軸上下方向に原点から離れるほど,2次波の振幅は弱まります.

光軸から 上方に離れた領域から飛来する 2 次波を描いた図21 を見てください. P 点に到達する成分 2 次波のうち合成 2 次波に寄与するのはその x 成分なので(図21(b) ),原点から x 軸上下方向に離れるほど,その x 成分はさらに小さくなります. こうした要因から,領域 Am から P 点に到達する合成 2 次波 E (Am) の振幅は,外周部へいくほど小さくなっていきます.

図21 外周領域 <em>A</em><sub><em>m</em></sub> から P 点に飛来する成分2次波の <em>x</em> 成分
図21 外周領域 Am から P 点に飛来する成分2次波の x 成分

原子面から散乱される合成 2 次波の位相子を, E (A1) から順番に E (A) まで足し合わせたのが,図22 です.

図22 原子面全体からの2次波 <em>E</em><sub>s</sub> は1次波に対して90°位相が遅れる
図22 原子面全体からの2次波 Es は1次波に対して90°位相が遅れる

位相子は,時計回りしながら足し合わされていきますが,位相子の矢印が次第に短くなるため,蚊取り線香のような螺旋を描きながら虚数軸上のある点に収束することになります. つまり,全領域からの合成2次波を全て足し合わせて得られる最終矢印は,虚数軸負方向の矢印になるわけです. これが求めていた2次波の位相遅れです. すなわち,媒質に1次波 Ei が入射された場合,ある原子面から放射される散乱の総和である2次波 Es は,1次波 Ei に対して90° の位相遅れが生じます.

4.2 角周波数で変わるバネ振動の応答

「3.1 光が電子を揺り動かす」で示した Lorentz 振動子のようなバネ振動では,外から与えられる振動の速さ,つまり外場の角周波数によって,その応答の様子が異なります. ここでは,外場の角周波数 ω を変化させたときの振動子応答について考察して行きましょう. 図23 は, 3 つの外場の角周波数,すなわち,バネ振動の共鳴角周波数 ω0 より十分に低い角周波数,共鳴角周波数 ω0 ,および ω0 より十分に高い角周波数のそれぞれに対するバネの応答振動の様子を,時間経過を横軸にとって描いてあります.

図23 バネ振動応答の周波数による違い
図23 バネ振動応答の周波数による違い

・低角周波数領域( ω ≪ ω0 ,図23(a) ):共鳴角周波数 ω0 より十分に低い角周波数領域では,振動子は外場に追従して,外場とほぼ同位相でわずかに振動します. 外場から与えられるエネルギーは粘性抵抗によって散逸するエネルギーと等しいのですが,外場から振動子に移動するエネルギーが少ないため変位は小さく,振動が遅いために粘性抵抗によるエネルギーの散逸も少ない状態です.

・共鳴角周波数( ω = ω0 ,図23(b) ):振動は外場から 90° 位相が遅れます. 慣性で行き過ぎる重りを外場が強引に引き戻すので,多くのエネルギーが外場から振動子に移動して,振幅の増加に寄与します. 振動子に移動したエネルギーは,粘性抵抗によって散逸します. もし,散逸が無ければ,振幅は無限に増幅されることになります.

・高角周波数領域( ω ≫ ω0 ,図23(c) ):共鳴角周波数 ω0 より十分高い角周波数領域では,振動の位相はさらに遅れ,外場とは逆位相 (位相遅れ:180° ) になります. 振動子は,外場の振動数に追従できなくなり,ほとんど動くことができません. 変位がほぼ 0 ということは,「仕事 = 力 × 距離」なので,外場-振動子間のエネルギーのやり取りもほぼ 0 です.

図24は,振動子の振幅と位相遅れの角周波数依存性を示したものです.

図24 減衰振動子の振幅と位相遅れ
図24 減衰振動子の振幅と位相遅れ

振動子の応答は,粘性抵抗の大きさに影響されます. グラフは,粘性が低い場合(減衰が弱い),中程度,および高い場合(減衰が強い)を重ね書きしてあります. 図23(a) に示した振動子の振幅を見てください. 振動子の振幅は共鳴角周波数 ω0 でピークを持ち,減衰が弱いほどピークが急峻になって振幅は大きくなります. 振動子が外場に追従できる低角周波数側では小さい振幅ながらも振動できます. しかし,高角周波数側では,振動子が外場に追従できなくなり,角周波数の増加に伴って振幅は 0 に漸近します.
次に,位相遅れを見ていきましょう. 図23(b) では,位相遅れを縦軸正方向にとってプロットしてあります. 外場に追従できる低角周波数側では位相遅れはほとんど無ありませんが,角周波数の増加に伴って位相が遅れはじめ,共鳴角周波数 ω0 で位相遅れが 90° に達します. さらに角周波数が増加すると,やがて位相遅れは約 180° に漸近します. 粘性抵抗の大きさが位相遅れにも影響して,減衰が強いほど位相遅れ量の変化が緩やかで,減衰が弱いほど共鳴角周波数付近に変化が集中する急峻な位相遅れ特性カーブになります.

4.3 透過波の成り立ち

媒質中のある原子面に入射する 1 次波と原子面によって散乱された 2 次波が干渉して透過波が合成されます. ここでは,位相子を使って 1 次波と 2 次波の足し合わせを行い,透過波の位相と振幅の角周波数依存性を求めていくことにしましょう.
1 次波の電場振動に対する電気双極子の応答は,図24 に示した振幅と位相遅れの角周波数特性を持ちます. また,「4.1 散乱2次波の位相を調べる」では, 2 次波が 1 次波に対して 90° 位相が遅れることを確認しました. この両者から, 2 次波の位相遅れ δs の角周波数特性が得られます.

図25 は,図24 で示された中程度の減衰カーブを使って描いた 2 次波の振幅 Es および位相遅れ δs の周波数特性です.

図25 2次波の振幅と位相遅れの角周波数特性
図25 2次波の振幅と位相遅れの角周波数特性

図25(b) では,図24(b) 同様,位相遅れを縦軸正方向にとってプロットしてあります. ここで注意していただきたいことは,図25(b) の 2 次波の位相遅れ δs が,図24(b) に示した振動子の位相遅れ特性カーブからさらに 90° 遅れていることです. すなわち,低角周波数側での位相遅れは 90° で,角周波数の増加に伴って位相遅れも増加し,共鳴角周波数 ω0 で 180° ,高角周波数側では約 270° に達します.
図25 の角周波数 a に注目しましょう. 角周波数 a における 2 次波を表す位相子は,角周波数 a における振幅に対応する長さを持ち, 1 次波に対して約 90° 時計回りに回転した矢印になります. 1 次波を位相遅れ δi = 0 の実数軸上の矢印とすると, 2 次波の位相子は図25(b) の挿入図のように時計回りに約90°回転した矢印として表されます.

さて,図25 に記した a から i までそれぞれの角周波数で, 1 次波と 2 次波を加算して透過波の位相子を求めていきましょう. 図25 から各角周波数における 2 次波の矢印の長さと δs を読み取って1次波との足し合わせて透過波の位相子を求めたのが図26 です.

図26 1次波と2次波の加算で得られる透過波の位相子
図26 1次波と2次波の加算で得られる透過波の位相子

1 次波と 2 次波の加算は,「2.5 位相子の足し算」で練習した通り, 2 つの位相子の矢印をつなげるだけの簡単な操作です. すなわち, 1 つ目の矢印の終点に 2 つ目の矢印の始点をつなぎ合わせ, 1 つ目の矢印の始点から 2 つ目の矢印の終点に向かって矢印を引けば加算結果の位相子が得られます. また,図26 では, 1 次波の矢印を実数軸に取ってあり,矢印の長さと回転角は見易さを重視して多少変えてあります.

a : 2 次波の振幅は小さく,位相遅れは約 90° です. 位相子の加算で求められた透過波の矢印は, 1 次波とほぼ同じ長さです. また,透過波は 1 次波に対して時計回りに回転していて, 1 次波に比べ若干位相が遅れます. 入射波に対する透過波の相対的な位相遅れを δt とすると, δt > 0 で,透過波は若干位相が遅れます. なお,「位相遅れ」なので,位相遅れが増す方向を δt の正方向に取っています.

b : ω の増加と共に 2 次波の振幅が増し,位相遅れ量も増加します. 位相子の加算を見ると, 2 次波の位相遅れが増加した分,透過波の振幅が減り,その位相遅れ量は増加しています.

c : 2 次波の振幅と位相遅れ量はさらに増加します. その結果,透過波の振幅はさらに小さくなって,その位相遅れ量はさらに増加します. ここで透過波の位相遅れ δt は極大値をとります.

d : 2 次波の振幅と位相遅れ量はさらに増加します. 透過波の振幅はさらに小さくなりますが,位相遅れ量は減少へと転じます.

e : ω が共鳴角周波数 ω 0 に一致すると, 2 次波の振幅は最大となり,位相遅れは 180° になります. その結果,透過波の振幅 Et は最小となり,その位相は δt = 0° ,つまり透過波は 1 次波と同位相になります.

f : 2 次波の振幅は減少し始めますが,その位相遅れ量はさらに増加します. 透過波の振幅は増加し,その位相は1次波より進みます ( δt < 0 ).

g : 2 次波の振幅は減少を続け,その位相遅れ量はさらに増加します. 透過波の振幅はさらに大きくなり,その位相の進み量はさらに増加します. 透過波の位相遅れ δt は極小となります.

h : 2 次波の振幅はさらに減少し,その位相遅れ量はさらに増加します. 透過波の振幅はさらに大きくなります. 透過波の位相の進みは減少に転じます.

i : 2 次波の振幅はほとんど 0 になり,位相遅れは約 270° に達すします. 透過波の位相遅れは δt < 0 で,透過波は1次波より若干位相が進んでいる状態で,その振幅は1次波とほぼ同じになります.

4.4 透過波は速くも遅くもなる

図26 で求めた透過波の振幅 Et と位相遅れ δt を角周波数 ω に対してプロットしたのが図27 です.

図27 透過波の振幅 <em>E</em><sub><em>t</em></sub> と位相遅れ δ<sub><em>t</em></sub>
図27 透過波の振幅 Et と位相遅れ δt

図27(a) で明らかなように,透過波の振幅 Et は,共鳴角周波数 ω0 から遠くはなれた角周波数 a ( ω ≪ ω 0 )や i ( ω ≫ ω 0 ) では 1 次波の振幅 Ei とほぼ等しいのですが,角周波数 ω が ω0 に近づくに従って急激に減少して,共鳴角周波数と一致する ω = ω 0 で極小値をります. この共鳴角周波数における透過波振幅の大幅な減少は,媒質による光吸収に対応します.
続いて図27(b) の位相遅れを見ましょう. 図27(b) でも,位相遅れ δ は縦軸正方向にとってプロットしてあります. ω < ω 0 の領域では位相遅れ δ t の符号が正であり透過波は1次波より遅れます. これは, ω < ω 0 の領域で,光は1次波の位相速度(波の形状が移動する速度)である光速 c より遅い位相速度 vt < c で透過することを意味しています. 共鳴角周波数 ω = ω 0 では,位相遅れδt = 0° ,つまり1次波と同位相となり,透過波は光速 c で伝搬します. ω > ω 0 の領域では,位相遅れδt の符号が負になり,透過波は光速 c より速い位相速度 vt > c で透過することになります. また,位相遅れ δt は, ω 0 近くの角周波数 c で位相遅れの極大値,g で極小値をとる独特の角周波数特性を示します.

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