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誘電関数って何だ? : 5. 透過光の伝搬と屈折率の関係

誘電関数って何だ?

5. 透過光の伝搬と屈折率の関係

理科の授業で,「屈折率が高いと光は遅くなる」,「ガラスに入射した光は屈折する」,「屈折角はスネルの法則で求まる」といったことは教わりますが,実は,屈折率の本質はブラックボックスの中です. 本講座第5回では,複素屈折率の本質にせまっていきます.

5.1 媒質中では波長も変化する

本講座第4回で求めた図27 の中の ω0 に比べて角周波数が十分に低い領域 a と十分に高い領域 i を選んで物質中での透過光のようすを比較してみましょう.

図27  透過波の振幅 <em>E</em><sub><em>t</em></sub> と位相遅れ δ<sub><em>t</em></sub>
図27  透過波の振幅 Et と位相遅れ δt

図28 は,(a) 低角周波数領域 ( ω ≪ ω0 ): a ,および(b) 高角周波数領域( ω ≫ ω0 ): i における透過波の伝搬モデルです.

図28 透過波の位相遅れと媒質中の波長
図28 透過波の位相遅れと媒質中の波長

2 次波を放射する原子面は点線で描いてあります. 左から媒質内に入射してきた 1 次波は,ある原子面に遭遇すると原子面が放射する膨大な数の散乱 2 次波と干渉し透過波を形成します. その透過波は,次の原子面の入射 1 次波となり,次の原子面からの 2 次波と干渉して次の透過波を形成します. このように,入射 1 次波は,次々に数多くの原子面と遭遇して, 2 次波との干渉を繰り返しながら媒質中を右に透過していきます.
図28(a) に示す ω ≪ ω 0 の低角周波数領域 a では,位相遅れ δ t の符号が正であり,透過波が原子面に遭遇する度に,透過波の位相が δ t づつ累進的に遅れます. その結果,透過波の位相速度 vt は, 1 次波の位相速度,つまり光速 c に比べて遅くなります. ここで,媒質の屈折率 ( refractive index ) n は媒質中の光の位相速度 vt に対する真空中の光速 c の比 c / vt と定義されることを思い出してください. 透過波の位相速度 vt の減少に伴って,屈折率 n は上昇して,透過波の波長 λ t は真空中の波長 λ に対して (23) 式のように縮まります.

(23)式

逆に,図27(b)に示した ω ≫ ω 0 の高角周波数領域 i では,位相遅れ δ t の符号が負であるために,透過波が原子面に遭遇する度に透過波の位相が δ t づつ累進的に進みます. その結果,透過波の位相速度は vt > c となって,屈折率 n は 1 を下回り,透過波の波長 λ t は 1/ n 倍に長くなります.

これまでの考察から,媒質中の透過波は,共振角周波数 ω 0 と一致しない限り位相速度 vtc で伝搬し,媒質中の光の位相速度 vt と波長 λ t は光の角周波数に依存して大きく変化することが分かりました. つまり,透過媒質の屈折率特性は,図27(b)に示した透過波の位相遅れ特性によって決まります.
実際の光電場に応答する電子分極の場合,共鳴角周波数 ω 0 は紫外領域にあり,それよりも低角周波数側である可視領域では透過波の位相速度は真空中より遅くなって屈折率が高くなります. 一方,共鳴角周波数 ω 0 より高角周波数側に位置するX線領域では,透過波の位相速度は真空中より速くなって屈折率は1を下回ります.

こうした光の角周波数に依存した屈折率変化は,本講座第7回「7. Lorentz振動子の誘電関数」で再び議論します. 図27に示した透過波の振幅 Et および位相遅れ δ t の角周波数特性カーブは,誘電関数へとつながっていくので記憶に留めておいてください.

5.2 位相速度の変化が光を曲げる

屈折 ( refraction ) は,微視的に見ると,媒質内の原子によって散乱された膨大な数の2次波が干渉し,透過光の位相速度が媒質界面で変化することによって,強め合う方向,すなわち透過光の進行方向が変わる現象です. 屈折は,反射と共に見慣れた光学現象です. 飲み物が入ったグラスが起こす屈折などはその代表例ですが,あまりに日常的なため見過ごされがちです.
身近な屈折の例を一つ,図29に挙げておきます.

図29 身近な屈折の例
図29 身近な屈折の例

実際のガラスでは,媒質であるガラスの可視領域における屈折率 n が 1.5 程度なので,媒質中における透過光の位相速度 vt は光速 c の約 1/1.5 倍に遅くなって,波長 λ t は真空中の波長 λ の約 1/1.5 倍に短くなります. その結果として,媒質界面に出会った光は屈折して折れ曲がります. その時の入射角と屈折角の関係を示した式が,皆さんご存じのスネルの法則(Snell's law)です.
ここでは,図30を使って,光の位相速度変化とスネルの法則の関係を確認しておきましょう.

図30 光の位相速度変化により界面で光は折れ曲がる
図30 光の位相速度変化により界面で光は折れ曲がる

屈折率 ni = 1.0 の真空 (空気) と屈折率 nt のガラスとの界面に,左上方から入射角 θ i で入射された平面波の光束を考えます. 真空中の光の位相速度は c ですが,ここでは一般化して,入射媒質の屈折率を ni ,入射媒質中の光の位相速度を vi ,透過媒質の屈折率を nt ,透過媒質中の光の位相速度を vt と表すことにします. また,界面法線と透過光束のなす角を屈折角 θ t とします. 入射光束は,一部が界面で反射され,残りが界面を通過して透過媒質中を進む透過光束になります. なお,図では,見やすさのために反射光束を省いてあります.

入射光の波面 AB に注目しましょう.入射媒質中を速度 vi で伝搬してきた入射光波面 AB が波長分の距離 BD = vi Δt を進む間に,点 A で透過媒質原子に散乱された光は入射光と干渉しながら透過媒質中を距離 AC = vi Δt だけ進みます. 線分 CD は,透過媒質中の膨大な数の散乱2次波と入射光との干渉の結果として形成された透過波面です.
以上の条件から,スネルの法則を幾何学的に求めることができます. 三角形 ABD と三角形 ACD が斜辺 AD を共有していることを利用して,まず (24) 式, (25) 式をたてます.

(24)式,(25)式

(24) 式, (25) 式から共通の AD ,cΔt を消去すれば,(26) 式のスネルの法則を導くことができます.

(26)式

(26)式は,1621年にオランダのスネル (W. Snell) により提唱されたことから,その名が付きました.

真空 / ガラス界面のように低屈折率媒質から高屈折率媒質に光が入射した場合 ( ni < nt ) ,透過媒質中の光の位相速度の方が遅いために,透過光束は界面法線方向に立ち上がるように折れ曲がります. 図30 の例では,入射角 θ i = 50° ,ガラスの屈折率が nglass = 1.5 なので,スネルの法則から屈折角は θ t = 30.7° と求まります.
逆に,ガラス / 真空界面のように高屈折率媒質から低屈折率媒質に入射した場合 ( ni > nt ) ,透過媒質中の光の位相速度の方が速いため,透過光束は媒質界面の方向に寝るように折れ曲がります.

5.3 屈折率を複素数で扱う

これまで,透過光の位相遅れと屈折率 n の関係について調べてきました. ここでは,共鳴角周波数における透過光振幅の減衰と屈折率の関係について考察していきましょう.
透過媒質の屈折率 n の定義は,媒質中の光の位相速度 vt に対する真空中の光速 c の比 c / vt なので,屈折率 n の媒質中では透過光の波長が λ t = λ / n にります. したがって,x 軸正方向に進行する波動関数は,k = 2 π / λt = 2 π n / λ を本講座第2回で求めた波動表現 (18) 式

(18)式

に代入して,

(27)式

と表すことができます.

ここで,媒質による光吸収の効果を含めた複素屈折率 (complex refractive index) N を (28) 式のように定義します.

(28)式

N の実部 n は屈折率であり,虚部 κ は消衰係数 (extinction coefficient) と呼ばれる光吸収の強さを表す項です. (27)式の実数の屈折率 n を複素屈折率 N で置き換えると,光吸収する媒質中の透過光の波動関数を (29) 式のように書き換えることができます.

(29)式

(29) 式が n を含む指数項と κ を含む指数項に分けられることに注目して, n を含む指数項と κ を含む指数項が透過光の伝搬にどのように効いてくるか考察しましょう.

まず,透明媒質に光が入射した場合の媒質中における透過光の伝搬を図31 に示します. 図31 ,図32 では,真空から透明媒質に光が入射し,透過光の振幅が媒質表面の振幅反射係数分だけ E0 より小さくなるため,媒質内での実効的な振幅を E0t と表しています [注] .

【注】 透過光の実効的な振幅 E0t の値は,フレネル係数 (Fresnel coefficient) の振幅透過係数 (amplitude transmission coefficient) に入射媒質の複素屈折率 Ni = ni - iκiθi ,透過媒質の複素屈折率 Nt = nt - iκt を代入すれば求まります. 本講座では,フレネル係数については触れませんので,必要に応じて光学の教科書,または 徒然「光」基礎講座|分光エリプソメトリーとは|3. 反射光と透過光の振幅を参照にしてください. 図31 透明媒質中の透過光の伝搬
図31 透明媒質中の透過光の伝搬

透明媒質の場合, (29) 式に κ = 0 を代入すると κ を含む指数項が exp (- π κ x / λ) = 1 となり,(29)式は振幅 E0tn を含む指数項の積になります. これは,実数の屈折率 n に対応する (27) 式に等しく,屈折率 n の透明媒質中を減衰することなく波長 λ / nx 軸正方向に進行する透過光を表しています.

吸収媒質に光が入射した場合の媒質中における透過光の伝搬を図32 に示します. 吸収媒質 ( κ > 0 ) の場合, κ を含む指数項 exp (-2 π κ x / λ ) が x の増加に伴って指数関数的に漸減するため,透過光の振幅 E0t は図32 のように減衰していきます [注] .
透明媒質中の透過光の伝搬を表す波動関数(図31 )と吸収媒質中の透過光の伝搬を表す波動関数(図32 )は, κ を含む指数項による振幅の減衰が有るか無いかの違いはありますが, 波動の伝搬を表す n を含む指数項は共通です. つまり,屈折率実部 n で決まる波動の伝搬と,屈折率虚部 κ で決まる振幅の減衰は独立しています.

図32 吸収媒質中の透過光の伝搬
図32 吸収媒質中の透過光の伝搬
【注】 本講座第2回(「2.2 波動を式で表現する」)で説明した複素共役関係にある (7) 式を用いて,波動を E0t exp [ i (kx - ω t + δ ) ] と表した場合,複素屈折率は, En + i κ と定義されます. もし,複素屈折率定義を混用すると, (29) 式の κ を含む指数項の ( ) 内の符号が正になり,式が発散するという矛盾が生じてしまいます.

5.4 消衰係数と吸光係数

光強度は,比例定数を無視すれば, I = | E |2 = E E* なので,

(30)式

と表すことができます.
一方,媒質の光吸収による光強度変化は,ランバート・ベールの法則 ( Lambert-Beer law ) に従うことが知られています.

(31)式

ただし, α は吸光係数 ( absorption coefficient ) ,x は媒質中の透過光路長です. (30) 式と (31) 式を比較すると,吸光係数 α と消衰係数 κ の関係を示す (32) 式が得られます.

(32)式

また,媒質伝搬中に吸収によって光強度が I /I0 = 1 / e ~ 36.8% になる距離 dp ≡ 1 / α を侵入深さ (penetration depth) と呼びます.

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