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誘電関数って何だ? : 6. Lorentz振動子

誘電関数って何だ?

6. Lorentz振動子

前回まで,入射光の電場に対して物質中の電子がバネ振動のように応答し,その結果として,媒質中を伝搬する透過光の振幅と位相速度が角周波数によって大きく変化することを学びました. また,透過光の振幅および位相速度の変化が複素屈折率分散の起源であることを知りました. さあ,いよいよ今回から媒質の光学応答を司る誘電関数の話に入ります. 本講座第6回は,誘電関数の基本である Lorentz 振動子の運動方程式から誘電関数を導出していきます.

6.1 誘電率も複素数で扱う

Lorentz 振動子( Lorentz モデルともいう)の運動方程式を解くために,複素誘電率 (complex dielectric constant) ε を定義しておきましょう.
真空中の光の位相速度 c は,真空中の誘電率 ε0 と透磁率µ0 を使って,

c = 1 / ( ε <sub>0</sub>	µ <sub>0</sub>	) <sup>1/2</sup>

と表すことができます. 誘電体などの非磁性体では, µ = µ 0 としてよいので,屈折率 nc / v は,物質の誘電率 ε p を真空中の誘電率 ε 0 で割って無次元化した比誘電率 ε だけを含む簡単な式で表されます.

(33)式

(33) 式は複素数に対しても成り立つので,「5.3 屈折率を複素数で扱う」の (28) 式で定義した複素屈折率 Nn - i κ に対応する複素誘電率 ε を, (34) 式のように定義し直します.

(34)式

(33) 式に,(28) 式: N = n - i κ と (34) 式: ε = ε 1 - i ε 2 を代入すると次の関係が得られます.

(35)式

(35) 式から分かるように, κ = 0 のときに ε 2 も0になり, ε 1 = n2 が成り立ちます. これは, ε 2 = κ = 0 となる角周波数領域(つまり吸収がなく透明な領域)では,分極しやすく ε 1 が大きい物質ほど,大きな屈折率 n を持つことを表しています.

6.2 Lorentz振動子の運動方程式を解こう

さて,「3.1 光が電子を揺り動かす」で紹介したLorentz 振動子の運動方程式 (19) 式,

(19)式

を解いて,複素誘電率の実部 ε 1 ,虚部ε ε 2 を求めていきましょう.

(19) 式の変位 x ( t ) は,光電場 E0 exp ( i ω t ) に同期していると考えられるので,x ( t ) = a exp ( i ω t ) を仮定します. x ( t ) の時間 t に関する1次微分,2次微分は,それぞれ,

(36)式

です.これらを (19) 式に代入して整理すると,x ( t ) の振幅 a が得られます.

(37)式

分極 P は単位体積中の電気双極子の和 Σ i µi であり,単位体積中の電子の個数 (つまり,電子密度) を N とすると,

(38)式

と表せます. x ( t ) = a exp ( i ω t ) の仮定から,

(39)式

が導けます.
Lorentz 振動子の電気感受率 χ Lorentz は, χ = P / ε 0E に, (39) 式と E = E0 exp ( i ω t ) を代入して求めることができます.

(40)式

比誘電率と電気感受率の関係式 (5) 式

(5)式

に(39) 式を代入することで, Lorentz 振動子の複素誘電率 ε は次式で与えられます.

(41)式

(41) 式が Lorentz 振動子における複素誘電率の基本式です.
ここで,説明の都合上, Ne2 / ε 0me = ω p2 と置いて, (41) 式を書き換えておきましょう.

(42)式

ε p はプラズマ角周波数 ( plasma angular frequency ) と呼ばれる電子密度によって決まる量であり,その名の通り角周波数の次元を持ちます.
(42) 式の分子と分母に ( ω02 - ω 2 - i Γ ω ) を乗じて整理すると,複素誘電率の実部 ε 1 と虚部 ε 2 を求めることができます.

(43)式,(44)式

6.3 Lorentzモデルの振動子強度

ここまでは,媒質の単位体積中にある N 個の電子全てが単一の共鳴角周波数 ω 0 で応答する場合を考えてきました. しかし,実際の物質では様々な電子遷移エネルギーが存在するので,それらに対応するいくつかの共鳴角周波数を持つ振動子の集合体として考える必要があり,入射光のエネルギーは,それぞれの遷移エネルギーに対する遷移確率の割合で各振動子に振り分けられることになります.
ある共鳴角周波数 ω 0j ,減衰係数 Γj を持つ Lorentz 振動子が単位体積当たり N fj 個あるとすると,振動子集合体に存在する共鳴角周波数分だけ足し合わせることで, (41) 式を一般化することができます [9] .

(45)式

ここで, fj は共鳴角周波数 ω 0j を持つ振動子の割合であり,振動子強度 ( oscillator strength ) と呼ばれる.振動子強度 fj ( 0 ≦ fj ≦ 1 ) は, Σ j fj = 1 を満たします.
いくつかの共鳴角周波数 ω 0j を持つ振動子がある場合,振動子強度 fj が各振動子と光の相互作用の強さを決めていると考えて良いでしょう.

[9] 斎木敏治,戸田泰則:「光物性入門」, 朝倉書店 (2009)

6.4 局所電場を考慮する

Lorentz 振動子の運動方程式では,光の電場のみが外場として電気双極子振動に関与します. そのため, Lorentz 振動子は,厳密には,散乱源同士が互いに独立と見なせる希薄な気体などでしか成り立たちません. 散乱源である分子が密に詰まった液体や固体中の電子が実際に感じる実効的な局所電場は,周囲の媒質が分極することによって生じた電気双極子からの電場と入射光の電場が足されたものになります.
媒質が単純立方格子の場合の局所電場は,

(46)式

と与えられます [10] .これをローレンツの局所電場 ( Lorentz's local electric field ) と呼びます.

[10] 砂川重信:「理論電磁気学 第3版」, 紀伊国屋書店 (1999)

ここでは,局所電場を考慮することによって,分極がどのように変わるかを知りたいので,まず分極の方程式を求めておきます. Lorentz 振動子の運動方程式 (19) 式に E = E0 exp ( i ω t ) と (38) 式を代入し整理すると分極の方程式が得られます.

(47)式

また,ある共鳴角周波数 ω 0j を持つ振動子の振動子強度が fj であるということは,その振動子に電場 fj E が印加されたことに等しく, (47) 式の右辺に fj を掛けることに対応します.

(48)式

(48) 式の E に (46) 式の実効電場 EL を代入して整理すると,

(49)式

が得られます. (48) 式と (49) 式を見比べれば,ローレンツの局所電場を考慮して計算した場合の共鳴角周波数が, ( -ωp2 fj /3 ) だけシフトすることが分かります.

(50)式

単純立方格子以外の媒質では,共鳴角周波数のシフト量が変わるので,一般的な局所電場補正因子 β を定義して局所電場を,

(51)式

と表すことにすると,共鳴角周波数のシフトは,次式で表すことができます.

(52)式

私たちが観測する光学現象は,実効的な局所電場に対する振動子の応答によって発生しています. 実際の誘電関数解析では,例え局所電場補正因子 β が分からなくとも,とにかく局所電場補正後の共鳴角周波数 ( ω 0j2 - β ω p2 fj ) を持つ振動子があるとして Lorentz モデルを適用すればよいということです.

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