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誘電関数って何だ? : 7. Lorentz振動子の誘電関数

誘電関数って何だ?

7. Lorentz振動子の誘電関数

前回は, Lorentz 振動子の運動方程式から誘電関数を導出しました. 本講座第7回は,第6回で導出した誘電関数の角周波数に大きく依存した性質を調べていきます.

7.1 誘電関数の形はどこから来るのか

(43) 式, (44) 式で求めた複素誘電率の実部 ε 1 および虚部 ε 2 の角周波数特性について考察していきましょう. ここでは,共鳴角周波数 ω 0 を持つ単一の振動子で考えます. 図33 は, Lorentz 振動子のパラメーター(共鳴角周波数 ω 0 ,電子密度 N ,減衰係数 Γ ) に適当な値を仮定して計算した複素誘電率 ε の角周波数分散です.

図33 Lorentz 振動子から計算される誘電関数例
図33 Lorentz 振動子から計算される誘電関数例

このような角周波数に対する複素誘電率 ε の分散を誘電関数と呼びます. 図33 の誘電関数に対応する屈折率分散を図34 に示します.

図34 誘電関数(図33)に対応する屈折率分散
図34 誘電関数(図33)に対応する屈折率分散

誘電関数の虚部 ε 2 の形状は,共鳴角周波数 ω 0 で最大値を取り, ω ≪ ω 0 および ω ≫ ω 0 の角周波数領域で 0 に漸近するローレンツ分布 ( Lorentzian ) になります. ε 2 ピークの半値幅が減衰係数 Γ であり,減衰が弱いほどピークは高く急峻になり,減衰が強いほどピークは低くピーク幅は広がります.実は,このスペクトル形状は,「4.4 透過波は速くも遅くもなる」の図26(a) に示した透過光の振幅 Et の角周波数特性と対応しているのです.
「6.1 誘電率も複素数で扱う」の (35) 式から分かるように, ε 2 は光吸収を表す消衰係数 κ を含んでいるので,共鳴角周波数 ω 0 の ε 2 ピークで光は最も強く吸収されます. つまり,「物質による光の吸収」とは,光電場のエネルギーが電気双極子振動の粘性抵抗を介して媒質中に散逸されるプロセスであり,その結果として透過光の振幅が減少するのです [注] .

【注】 実際には,光吸収によって励起された電子が電流になったり,吸収されたエネルギーによって化学反応が起きたり,分子振動励起によって温度が上がったりしますが,吸収されたエネルギーがどう使われるかは材料物性の話題であり本講座では取り扱いません. 光の伝搬に関する光学現象を取り扱う限り,電子はバネのように応答し,光のエネルギーは粘性抵抗によって消費されるとしても何も不都合は生じません.

一方,複素誘電率実部 ε 1 は,「4.4 透過波は速くも遅くもなる」の図26(b) に示した透過光の位相遅れ δ t の形状に対応していることが分かります. つまり,複素誘電率実部 ε 1 が表す分極の大きさは,物質固有の電気感受率 χ Lorentz が引き起こす透過光の位相遅れ量に相当しています.

7.2 クラマース・クローニッヒの関係式

図33 の例で分かるように,複素誘電率の実部 ε 1 と虚部 ε 2 は,互いに独立ではなく,物質中の電荷が入射光の電場に対してバネのように振動応答することによって決まる因果律で結びつけられています. この ε 1 と ε 2 の関係は,クラマース・クローニッヒの関係式(Kramers-Kronig relation)で表されます. クラマース・クローニッヒの関係式の導出は,複素積分を使う数学的なものなので,本稿では式の紹介にとどめます [8, 11] .

[8] 藤原裕之:「分光エリプソメトリー 第2版」, 丸善 (2011)
[11] Charles Kittel (著),宇野良清,津屋昇,森田章,山下次郎(訳):「固体物理学入門(下)」, 丸善, 第7版 (1998) 3-7.

(53)式,(54)式

ここで, P は積分の主値と呼ばれ,次式で示されます.

(55)式

(53) 式と (54) 式は, ε 1 と ε 2 が互いの積分式に入り合う形になっています. ω が 0 から ∞ の領域で, ε 1 , ε 2 の一方が分かれば,他方は計算で求めることができます.

7.3 Lorentzモデルの性質を調べる

ここで,減衰係数 Γ が無視できる場合( Γ ≪ ω 0 )の Lorentz 振動子の誘電関数と屈折率分散の関係を考察してみましょう.
図35 は Γ = 0 を仮定した Lorentz 振動子の誘電関数で縦軸原点付近を拡大してあります. 図36 は図35 の誘電関数に対応する屈折率分散です.

図35 <em>Γ</em> = 0 を仮定した Lorentz モデルの誘電関数例
図35 Γ = 0 を仮定した Lorentz モデルの誘電関数例
図36 図35に対応する屈折率分散
図36 図35に対応する屈折率分散

図35 における ε 1 および ε 2 は,Γ = 0 を仮定しているため ω = ω 0 で発散しています. 図35 ,図36 に示した 3 つの角周波数領域,すなわち共鳴角周波数 ω 0 に較べて十分低い角周波数領域 A , ε 1 が負になる領域 B ,共鳴角周波数 ω 0 に較べて十分高い角周波数領域 C に分けて考察していくことにしましょう.

7.3.1 低角周波数領域 A ( ω ≪ ω 0

共鳴角周波数 ω 0 に較べて十分低い角周波数領域 A では,Γ = 0 の条件から, (43) 式, (44) 式は次のように書き換えられます.

(56)式,(57)式

この領域では,誘電率は実数,かつ ε 1 は正の値をとり, ω の増加に伴って単調に増加します.さらに, (56) 式で ω → 0 とすると,

(58)式

となります. (58) 式の ε s は静電場印加時の誘電率で,静的誘電率 ( static dielectric constant ) と呼ばれ,コンデンサーに絶縁体を挟んだときなどの誘電率に対応します.

(35) 式から屈折率は,

(59)式,(60)式

と求まります. この領域における屈折率は実数であり,図36 のように,角周波数の増加に対して勾配が正になる正常分散 ( normal dispersion ) を示します.
この領域の誘電関数は, Sellmeier モデル [12] で近似することができます. Sellmeier モデルは, Lorentz モデルの Γ , ε 2 を共に 0 と仮定することで導かれます. Lorentz モデルの誘電関数 (45) 式を, ε/ c = k = 2 π / λ の関係を使って λ の式に書き換えると (61) 式が得られます.

(61)式

式中の λ 0j は,共鳴角周波数 ω 0j に対応する波長です. 上式の変数をまとめて書き換えたのが次式の Sellmeier モデルです.

(62)式,(63)式

式中の ABj は解析変数で,Aは λ 0j より短波長側に位置するその他の共鳴吸収の全ての寄与を足し合わせた背景誘電率 ( background dielectric constant ) です.
(62) 式で単一の共鳴吸収を仮定して級数展開したものが次式に示す Cauchy の分散式 [13] です.

(64)式

式中の ABC は解析変数です.

[12] W. Sellmeier: "Zur Erkärung der abnormen Farbenfolge im Spectrum einiger. Substanzen", Annalen der Physik und Chemie, 219 (1871) 272-282.
[13] L. Cauchy: "Sur la dispersion de la lumiere", bull. des. sc. maht., 14 (1830) 9.

ここでは, Cauchy の分散式の解析例を示しておきましょう. 図37 は,シリコン酸化膜 ( SiO2 ) の文献値 [14] ,および解析により求めた SiO2 の Cauchy の分散式を重ね書きしたものです.

図37 Cauchy の分散式で表した SiO<sub>2</sub> の屈折率
図37 Cauchy の分散式で表した SiO2 の屈折率

Cauchy の分散式は,解析変数を第 3 項目まで用い,波長範囲 200 〜 1,000nm で解析を行いました. 解析変数値は波長に依存するので,解析範囲の取り方を変えると異なった値が得られます. Cauchy の分散式で表した SiO2 の屈折率分散モデルは,解析波長範囲で文献値と良く一致しています.
SiO2 などの誘電体は可視領域で透明であり,その屈折率分散解析には Sellmeier モデルや Cauchy の分散式がしばしば用いられます. Sellmeier モデルや Cauchy の分散式を使用するに当たっては, ε 2 = 0 を仮定しているため,クラマース・クローニッヒの関係式を満足しないことに注意を払う必要があります.

[14] G.E. Jellison, Jr.: "Optical functions of GaAs,GaP, Ge determined by two channel polarization ellipsometry", Opticals Materials, 1 (1998) 151-160.

7.3.2 ε 1 が負になる領域 B

この領域では, ε 1 が負の値をとるために (33) 式n - i κ = √2 ε が純虚数になり,消衰係数 κ のみが値を持ちます. 図36 の複素屈折率 n , κ を持つ媒質を仮定し垂直入射した場合の反射率スペクトルを図38に示します.

図38 図34の屈折率分散に対応する垂直入射の反射率スペクトル
図38 図34の屈折率分散に対応する垂直入射の反射率スペクトル

図中には, Γ 値の変化に対応した反射率スペクトルが重ね書きされています. Γ = 0 の場合,領域 B において光は 100% 反射され,媒質内に侵入することができません. このように,光伝搬が禁止された角周波数帯域を光の禁制帯 ( stopband ) と呼びます. 実際には, Γ = 0 になることはなく, 100% 反射はあり得ませんが, Γ が小さい値であれば Γ = 0.005 ω 0 の例のように高い反射率を示します. 逆に, Γ 値が大きくなるに連れて反射率は低下していきます.

Γ = 0 の場合,領域 B では,粘性抵抗によるエネルギーの散逸が無いので, Lorentz 振動子の振幅増加に使われた入射波のエネルギーはロス無く 2 次波として放出されます. また,この領域では,消衰係数 κ が値を持つので,媒質に侵入した光は exp (-2 π κ x / λ ) で速やかに減衰します. つまり,この領域における光の指数関数的な減衰は,物質によって光が吸収されたのではなく,入射波と 2 次波が干渉して完全に打ち消し合う結果です(図39).

図39 禁制帯における伝搬光の消失と全反射の発現
図39 禁制帯における伝搬光の消失と全反射の発現

振動子から放出される 2 次波のうち入射光の進行方向に進む成分は,入射波と振幅が等しく位相が π ずれた波であり,入射波と 2 次波は完全に打ち消し合って伝搬光は消失します. 一方, 2 次波のうち反射方向に進む成分は,入射波と振幅が等しい反射光,つまり全反射光になります. これが,禁制帯が形成される理由です.
しかし,Γ が値を持つと,粘性抵抗によるエネルギー散逸分だけ 2 次波の振幅が小さくなって,打ち消し合いが不完全になり,光が透過するようになります.

領域 B における光伝搬は,光と振動子が結合した状態であるポラリトン ( plariton ) として解釈されます.ポラリトンについては光物性に関する成書 [4, 9] などを参照にしてください.

[4] 江馬一弘:「光物理学の基礎」, 朝倉書店(2010)
[9] 斎木敏治,戸田泰則:「光物性入門」, 朝倉書店 (2009)

7.3.3 高角周波数領域 C ( ω ≫ ω 0

共鳴角周波数 ω 0 より十分高い角周波数領域では, ω ≫ ω 0 の条件から,共鳴角周波数 ω 0 と減衰係数 Γ を共に無視することができます. この領域の誘電率および屈折率は, (43) 式, (44) 式から,

(66)式,(67)式

と求められます. ω = ωp のとき誘電率実部は ε 1 = 0 , ω > ω p の領域では ε1 は正の値を取ります. そのため, ω > ω p の領域で屈折率は実数になり, ω の増加と共に 0 から真空の屈折率である 1 に漸近していきます. 実際,X線領域では ω > ω p の条件が満たされ,空気中から物質に臨界角以上の入射角で光を照射すると,光は全反射されます.
(66) 式は,後述する金属の光学応答を記述する Drude モデルで Γ = 0 とした場合と同じ式になります.

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