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誘電関数って何だ? : 9. 金属の光学応答

誘電関数って何だ?

9. 金属の光学応答

ここまでの議論では,電子が原子に束縛されている誘電体を中心に,金属以外の物質の誘電関数や屈折率分散の成り立ちを概観してきました. 本講座最終回の第9回は,金属の光学応答について考察していきます.

9.1 Drudeモデル

金属の導電性は,自由電子の海に原子核の島が浮いているモデルで説明されます. 自由電子が電気をよく通す役目をします. 自由電子の電場応答は, Drude モデル (Drude model) の運動方程式

(69)式

で記述されます.ただし, m * はキャリアの有効質量, Drude モデルの減衰係数 Γ は,キャリアの平均散乱時間の逆数 τ-1 で与えられます.
ここで, Lorentz モデルの運動方程式 (19) 式と Drude モデルの運動方程式 (69) 式を比較しておきましょう.

(19)式

両者を見比べると, Drude モデル (69) 式は, Lorentz モデル (19) 式の右辺第 1 項が無い以外は,同じ形をしていることが分かります. つまり, Drude モデルの運動方程式は, Lorentz モデルで ω0 = 0 とした式で,バネの復元項 - me ω 02x がありません. これは,電場に応答して移動した自由電子に対して平衡位置に戻そうとするバネの復元力が働かず,自由電子は,その名の通り,束縛を受けることなく電場応答することを意味しています. 波が存在するためには変位に対する復元力が必要なので,自由電子に対して復元力が働かない金属中では電場振動が継続できません. つまり,金属は電場を遮蔽するのです. この金属の電場遮蔽によって,金属内に入り込むことができない電磁波は,完全に反射されます. 例えば,エレベーターの中で携帯電話が使えないのは,金属の電場遮蔽が原因でです.
Lorentz モデルで ω<0 = 0 としたものが Drude モデルなので,その電気感受率 χDrude は, Lorentz モデルの場合と同じ手順で求めることができます.

(70)式

また, Drude モデルの誘電関数も Lorentz モデルの場合と同様に次のように求めることができます.

(71)式,(72)式

ただし,金属中には自由電子以外にも原子に束縛された電子が存在するので,それらからの寄与を背景誘電率 ε b にまとめてあります.

9.2 金属の基本的な誘電関数

金や銀などの金属の場合,プラズマ角周波数が高角周波数領域(可視領域付近)にあって,電子の平均散乱時間 〈τ〉 は光の時間的周期 t = 2π / ω に較べて非常に長い値です. つまり,多くの光波が通過する経過時間の間に,電子の散乱は希にしか起こりません. そのため, Γ = 〈τ〉 -1 = 0 としても,基本的な金属の性質の議論には差し支えありません.
ここでは, (71) 式で Γ = 0 として, Drude モデルの誘電関数の特徴について考察していきましょう. なお,ここでは,他の分極の寄与はないものとして εb = 1 とします. 得られる誘電関数は次式の通りです.

(73)式

Γ = 0 の条件から ε は実数になります.
図45 は,(73) 式をプロットしたものです.

図45 Drude モデル ( <em>Γ</em> = 0 ) から計算される誘電関数
図45 Drude モデル ( Γ = 0 ) から計算される誘電関数

光の角周波数が ωp より小さい領域では,誘電率は負の実数となり,屈折率 n - i κ = √ε は純虚数になって消衰係数 κ のみが値を持ちます. 光は exp (-2 π κ x / λ ) で速やかに減衰して金属内部に入り込むことができません. また, Γ = 0 なので,電子の散乱効果による光吸収も起こりません. その結果,光は表面で完全に反射されることになります(図39 参照).
(73) 式から, ω = ω p の時に ε 1 = 0 となります. ωp が分かれば,プラズマ角周波数の定義式から,金属内の電子密度 N は,

(74)式

と求めることができます. 光の角周波数が ωp を超えて大きくなると,屈折率は実数となり,導体内に光が侵入し伝搬できるようになります.
実際には,電子の散乱を無視することはできないため, Γ = 0 にはなりません. Γ = 0.05 ωp を仮定して計算した Drude モデルの誘電関数と反射率を図46 に示します.

図46 Drude モデル ( <em>Γ</em> =  0.05 ω<sub><em>p</em></sub> )から計算される誘電関数と反射スペクトル
図46 Drude モデル ( Γ = 0.05 ωp )から計算される誘電関数と反射スペクトル

プラズマ周波数を境に反射率は大きく変化しますが, Γ が値を持ったことによって, ω < ωp の領域での反射率が低下して,プラズマ周波数付近における反射率スペクトルの形状がなまってくることが分かります.

9.3 金の色,銀の色

実際の金属では,自由電子の他に,原子に束縛された電子の振動(バンド間遷移)も光学応答に寄与します. そのため,金属の誘電関数は,自由電子を表す Drude モデルと電子分極を表す Lorentz モデルの足し合わせで記述することができます.
ここでは,金 ( Au ) と銀 ( Ag ) を例に,誘電関数と反射率スペクトルを見ていきましょう. 図47 は,文献値 [15] を基にプロットした金と銀の誘電関数です. 図42 で見てきた単純な Drude モデルと比較すると,バンド間遷移の共鳴吸収が寄与するために実際の誘電関数は複雑になります.

[15] E.D. Palik (editor): "Handbook of Optical Constants of Solids", Academic Press, New York (1985)

図47 金と銀の誘電関数
図47 金と銀の誘電関数

金,銀両者の ε2 に注目しましょう. 図46に示しました単純な Drude モデルの場合, ε2 は角周波数の増加に伴って緩やかに減少して 0 に漸近します. しかし,図47 に示す実際の金および銀の誘電関数では,どちらの ε2 も低角周波数側から一旦 0 に近づいた後,高角周波数領域で再び増加しています. この ε2 の増加は,その角周波数領域でバンド間遷移の吸収が始まったことを意味しています. 金,銀両者の大きな違いは,バンド間遷移が始まる角周波数です.金ではプラズマ角周波数 ( 約 2.4eV ) より高角周波数側,すなわち可視領域 500nm 付近から電子分極による寄与が加算されているのに対して,銀の場合,プラズマ角周波数 (約 3.9eV ) までは,図46 と似た変化をしますが, 4eV 付近より高角周波数側で電子分極の寄与が認められます.
図48に図47の誘電関数から計算された金と銀の反射率スペクトルを示します.

図48 金と銀の反射率スペクトル
図48 金と銀の反射率スペクトル

両者とも,プラズマ角周波数よりも低い角周波数領域では, Drude モデルの特徴である高い反射率を示しますが,図47で確認したプラズマ角周波数位置や電子分極が現れる角周波数帯の違いを反映して,両者の反射率スペクトルは可視領域より高角周波数側で大きく異なります. 金の場合,プラズマ角周波数である 2.4eV 付近より短波長で反射率が 40% 程度に落ちてしまう結果,図46 のように,金の反射光では強く反射される赤,橙,黄,黄緑が支配的となり,独特な黄金色に輝いて見えます.
一方,銀は可視域全域で高い反射率を示すため,単なる鏡のように,反射光が色づくことはありません.

図49 金は独特な黄金色の輝きを放つ(イメージ)
図49 金は独特な黄金色の輝きを放つ(イメージ)

9.4 金属の誘電関数はDrude + Lorentzで表す

金属の誘電関数は,基本的に,自由電子を表す Drude モデルと電子分極を表すいくつかの振動子を含む Lorentz モデルの足し合わせで記述します.
図50 は,銀のプラズマ角周波数付近 ( 約 3.9eV ) に見られる特徴的な反射率の落ち込みを, Drude モデルと1つの共鳴角周波数を持つ Lorentz モデルを組み合わせて解析した結果です.

図50 銀の誘電関数のモデル化と反射率スペクトル 1
図50 銀の誘電関数のモデル化と反射率スペクトル 1

銀では内部バンド間遷移の共鳴吸収が複数存在するため,単一共鳴角周波数の Lorentz モデルでは高角周波数側の複雑な構造を記述できませんが,銀の誘電関数の基本構造を定性的に説明するには十分で,プラズマ角周波数付近の特徴的な反射率スペクトルの落ち込みを再現することができています.
図51は,より高度な解析を行った例です.

図51 銀の誘電関数のモデル化と反射率スペクトル 2
図51 銀の誘電関数のモデル化と反射率スペクトル 2

Drude モデルに背景誘電率 εb と 4 つの振動子 [注] を組み合わせて,銀の誘電関数をモデル化して,反射率スペクトルを計算しました. 金属の誘電関数は複雑ですが, Drude モデルといくつかの振動子を含む Lorentz モデル(または, Kim モデルのような Lorentz 振動子の派生モデル)を足し合わせることで,基本的には図51 のような解析が可能になります.

【注】 ここでは, ε2 の形状をローレンツ分布とガウス分布が混合したものとして記述できる Kim モデル [16] を用いました.

[16] C.C. Kim, J.W. Garland, H. Abad, and P.M. Raccah: "Modeling the optical dielectric function of semiconductors: Extension of the critical-point parabolic-band approximation", Phys. Rev., B 45 (1992) 11749-11767.

本講座:「誘電関数って何だ?」では, 光の伝搬,屈折や反射といった最も基本的な光の振る舞いを理解することから初めて,Lorentz 振動子を中心にした誘電関数と屈折率分散の成り立ちを概観してきました. 本来は,実践的な振動子モデルを使った誘電関数のモデル記述まで通した講座にしたかったが,紙面の都合で,実践編は別の機会に譲ることにした.

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