膜厚測定,分光測定,分光エリプソメトリー,スペクトル解析のテクノ・シナジー

分光エリプソメトリーとは: 5. どうして分光なのか-1

分光エリプソメトリーとは?

5. どうして分光なのか-1(分極と誘電関数)

複素屈折率( Nni κ ,屈折率n ,消衰係数 κ ) を物質の光学定数と呼びます. その周波数依存性,すなわち, n スペクトルと κ スペクトルは,互いに独立ではなく,光の電場に対して物質が応答することで必然的に決まる関係で結びつけられています. この両者の関係は,クラマース・ クローニッヒの関係式 ( Kramers-Kronig relation ) で表されます [7] . つまり,分光スペクトルには,材料の本質的な光物性情報が含まれているのです. 分光エリプソメ トリーは,このクラマース・クローニッヒの関係式を満足するようにスペクトル解析を行う点で,単一波長のエリプソメトリーを測定波長数だけ並べたものとは本質的に異なります. ここでは,分光エリプソメトリー解析のよりどころである「光電場に対する物質の応答」について,その基本的なメカニズムを概観していくことにしましょう.

[7] Charles Kittel 著,宇野良清,津屋昇,森田章,山下次 郎共訳:「固体物理学入門 (下)」, 丸善, 第 7 版, pp.3-7 (1998).

5.1 分極と誘電関数

ガラス等の物質に電場が加えられると, 物質内の原子や電子は化学結合などによって互いに強く束縛されているため電荷は自由に動くことができないけれど, 正負の電荷がわずかに元の位置からずれることで, 物質内に「電荷の偏り」が生じます. これを分極 ( polarization ) と呼び, その大きさは誘電率 ε ( dielectric constant ) で表されます.分極を起こす物質を誘電体といいます.

図5-1 物質中の光の伝播
図5-1 物質中の光の伝播

図中左から伝播してきた光の電場によって (a) 物質内に分極が生じます. 分極によって作られる電荷の対は, 電気双極子 ( electric dipole ) と呼ばれ, 光の電場振動と同期して電気双極子は時間とともに変化します. 言い換えると, 電気双極子の電荷は, 光の交流電場によって絶えず加速度が変化することになります. その結果, 電気双極子からはその振動と同じ振動数を持つ電磁波が放出されます. これは, 荷電粒子を加速して放射光を出すシンクロトロン放射と同じ原理であり, 電気双極子放射と呼ばれます [2] . この電気双極子放射過程は, 誘電体の屈折率正常分散領域では若干の位相遅れを伴います. そのため, 物質内の光が電気双極子の誘起と光放射を繰り返しながら伝播すると, 誘電率 ε が大きく分極しやすい物質ほど伝播速度が遅くなります.


[5] 田所利康:「ビジュアル解説 光学入門」, 朝倉書店, (2024). >> 書籍紹介ページへ

一方, 屈折率は, 物質中の光の速度 v を用い nc / v と定義されます. 複素屈折率 ( N = n - i κ ) と複素誘電率 ( ε = ε1 - iε2 ) の関係は, 導体に対する Maxwell の方程式から導くことができ, N2 = ε と定義されます. 複素屈折率の実部 n を屈折率, 虚部 κ を消衰係数, 両者をまとめて光学定数と呼びます. N2 = ε を書き下すと, ε 1 = n2 - κ 2, ε2 = 2n κ となり, κ = 0 となる透明な物質では, n2 = ε となることが分かります.

実際に観測される誘電率 (屈折率) は, 作用する光の振動数によって大きく変化します. これは, 物質内に分極を起こす機構が複数あり, それぞれの分極機構の周波数応答性が異なるためです. 図5-2 は, 複素誘電率の実部 ε1 と虚部 ε2 を光の角振動数 log ω に対して表したもので, 上部には代表的な分極機構 (左から, 配向分極, イオン分極, 電子分極) が図示されています.

図5-2 電磁波の吸収と誘電分散
図5-2 電磁波の吸収と誘電分散

誘電率虚部ε2 は光吸収を表す消衰係数 κ を含んでおり, ε2 のピークは特定の固有角振動数で光が吸収されることを示しています. 分極は, 一種のバネ振動と考えることができ, 光の角振動数がバネの固有角振動数と一致する時に共鳴が起こって, 光が物質に吸収される現象です.
配向分極, イオン分極, 電子分極は, 分極を起こす主体に依存した周波数応答を示すために, それぞれの分極に特有な共鳴吸収波長帯を持ちます. H2O などの分子では, 電気陰性度の違いによって分子内に分極が生じるため, 角振動数の低いマイクロ波領域において電磁波を吸収し配向分極を起こしますが, 誘電体などの固体では分子・原子が動けないために配向分極は起こりません. 一方, 赤外領域では, 分子配列内の電荷を帯びた原子により引き起こされる原子分極の共鳴吸収が起こります. さらに角振動数の高い紫外可視領域では, 原子内の電子と原子核により引き起こされる電子分極の共鳴により光が吸収されます. 角振動数が低い赤外領域では, ε1 の値は統計的誘電率 (static dielectric constant) εs をとります. εs は, 原子分極と電子分極の両方の寄与を含んでいます. 光の角振動数を赤外領域から増加させていくと, 原子分極のバネ振動は光の振動数に追従できなくなり, 原子分極は起こらなくなります. そのため, ε1 の値は高周波数誘電率 ( high-frequency dielectric constant ) ε に減少します. 角振動数がさらに高くなると, やがて電子分極も追いつけなくなり, ε1 の値は最終的に真空中と同じ 1 になります. こうした光の角振動数に対する εの分散を, 誘電関数 ( dielectric function ) と呼びます.

5.2 分極と誘電関数

図5-3 に, 誘電体の光学定数スペクトルのモデル図を示します.

図5-3 誘電体の光学定数スペクトルモデル
図5-3 誘電体の光学定数スペクトルモデル

紫外領域に見られる大きな κ のピークは電子分極 (誘電体内部の電子バンド間遷移) の共鳴吸収であり, 赤外領域には原子分極 (分子や結晶格子の分極振動) の共鳴吸収, 不純物などを原因とするフリーキャリアがある場合には, さらに低エネルギーの領域にその吸収が現れます. 誘電体では, 赤外領域における原子分極の共鳴吸収と紫外領域における電子分極の共鳴吸収の間に, 大きなエネルギーギャップが存在します. その結果, 可視から近赤外にかけての波長領域では, κ がほぼ 0 で, 長波長 (低エネルギー) 側から短波長 (高エネルギー) 側に向かって n が徐々に増加する光学定数スペクトル (正常分散) を示します. この領域における光学定数スペクトルの形状は, 紫外領域における電子分極の共鳴吸収によって実効的に決定されているということができます.

光学定数スペクトルは多くの研究者によって測定され, ライブラリー化されているので, 光学定数を固定した膜厚解析に利用することができます [8] . しかし, もし, 物質の光学定数を求めることが目的であれば, 関数で記述されたフレキシブルな誘電関数モデルを用いる必要があります. この誘電関数モデルの選択とその変数設定は, 分光エリプソメトリーのフィッティング解析における最も重要なステップということができます.

[5] 田所利康:「ビジュアル解説 光学入門」, 朝倉書店, (2024). >> 書籍紹介ページへ
[8] E. D. Palik (editor): "Handbook of Optical Constants of Solids" (Academic Press, New York, 1985).

テクノシナジーの膜厚測定システム
膜厚測定 製品ラインナップ
膜厚測定 製品ラインナップ
Product
膜厚測定 アプリケーション
膜厚測定 アプリケーション
Application
膜厚測定 分析サービス
膜厚測定 分析サービス
Service
ページの先頭へ